性の秘密をそう簡単に明かさないことにおぼろげながら気づかされたのは、モスクワにいたときだった。わたしはロシアの性科学者の父とされている男性のもとを訪れていた。七六歳になるイゴール・コンそのひとは、父というより祖父といった感じ トップ画像 夜の夫婦生活での性の不一致・不満は話し合ってもなかなか解決することができずにセックスレス・セックスレス夫婦というふうに常態化する。愛しているかけがえのない家族・子どもがいても別れてしまう場合が多い

第2章 嘘、真っ赤な嘘、そして不倫

本表紙  パメラ・ドラッカーマン著 佐竹史子訳

嘘、真っ赤な嘘、そして不倫

 本書を書くにあたってリサーチに乗り出したところ、わたしは不倫がもっとも多い国からもっとも少ない国を順に並べたランキングも調べようと思っていた。そのようなリストがすでにあるのか、それとも自分で作成しなければならないのか、わからなかった。いったいどういうランキングになるのか見当もつかなかった。アメリカは何位? トップとなる不名誉を与えられるのは、どこの国? 国によって大きな違いがあるのか? 順位はその国の気候といったような不可思議なものと関係しているのだろうか?

 どこの国の人々であれ性の秘密をそう簡単に明かさないことにおぼろげながら気づかされたのは、モスクワにいたときだった。わたしはロシアの性科学者の父とされている男性のもとを訪れていた。七六歳になるイゴール・コンそのひとは、父というより祖父といった感じ。いや、マスコットという表現がぴったりかもしれない。身長は一五〇センチそこそこ。頭はすっかり白髪となっていて、かわいらしい笑みをたえず浮かべている。難しい専門用語に、「マスターベーション」とか「勃起」だという言葉を織り交ぜて話すお茶目なひとだ。著作は多く、自分でも何冊かよく覚えていない。「まあ五〇冊ってとこかな」とのことだ。つい最近、性の健康世界学会の同僚たちが、コンの生涯にわたる業績をたたえて彼に金メダルを授与した。

ロシア人は婚外セックス

 コンの自宅の書斎は六カ国語ほどのさまざまな言葉の本や書類や雑誌でいっぱいで、足の踏み場もないほどだった。この資料の山のどこかに、ロシアの不倫の統計的データが記された、性の全国調査報告があるはずだ。ことによると、ロシア以外の国の資料もたくさんあるかもしれない。
『スター・ウォーズ』のヨーダに似たコンが、私が願ってやまなかったランキングを取り出し、「スロヴァニアがこれ。で、つぎは、ナイジェリア」とかすれ声で話し出す様子が目に浮かぶ。もしかしたら、ちょっとだけ見せて気を持たせてから、さっさとしまうかもしれないけど。

 しかし、ロシアのセックスに関する統計データの話を持ち出すと、コンの明るい口調はいきなり重苦しくなった。「そういう調査はこれまでなかったし、近い将来にもまずないだろう」と、彼は語った。費用がかさむ全国調査をするさいは、資金の提供をとうぜん政府に仰ぐことになる。とコンはつづける。でも婚外セックスについての質問事項を含むような全国調査の場合は、ちょっと難しいんだよ。ソビエト政府はセックスを公の場で語ることを許さなかった。ロシア人は婚外セックスのような違法行為に夢中になっているという結果が出て国の名誉を傷つけることになりかねない調査は、とうぜん反対された。

 一九九一年にソビエト連邦は崩壊したが、セックスに関連したことはほぼなんであれ資金を提供してはならないと、ロシアの正教徒たちが現政府にいましめている、とコンは語る。性にかんする全国調査はコンと学者仲間にとっては、データの宝庫となるはずだ。しかし彼らは自分たちで集めた限られた時間データをもとに研究することを余儀なくされている。そのデータのなかでもっとも参考になるのは、一九九六年に行われたサンクトペテルブルクでの調査報告書である。

 性にかんする調査で得られる特別給付は、ロシアでごくわずかだ。ロシア科学アカデミーのチーフ調査官としてコンが得る収入は、ドルになおして月に一二三ドル。モスクワでは満足に食べ物も買えない。コンをふくめて、性調査を行っている学者たちは生活のために職を掛け持ちしている。さらに、性調査は危険すらともなう。心無い野蛮な連中が、コンのアパートメントのドアに落書きをしたことがある。コンが見せてくれた七四ページの子冊子のなかで、コンはロシアの学者グループから「ロシア社会と国家に危害を及ぼす者」として糾弾され、小児性愛を援護していると非難されていた(それはとんでもない濡れ衣だ)。二〇〇一年モスクワ大学で講演したさいには、約二〇人のチンピラがコンをゲイだという理由で”避難する”看板をかかげ、彼の顔にクリームパイをぶつけた。それでもコンは、自宅に爆弾を仕掛けるという脅迫電話がかかってきてもびくびくしない。相手が本気だったら、予告することなく実行するだろう。「モスクワでは、殺人は大きな問題じゃないんだよ。わたしを本気で殺したかったら、わけなく殺していたはずさ」

 各地でセックスに関する調査を行なう活動は、臆病なひとには向かない。フランス国立衛生医学研究所の理事アラン・ジャミに会ったときのこと。インタビューが始まってほどなくすると、彼はわたしの話をいきなり遮った。すごい剣幕だったから、机を飛び越えてつかみかかってくるのではないかと、一瞬ひやりとした。

 彼が怒った原因は、わたしが「不倫」という言葉を使ったことにある。
「『不倫』っていうのは、なんのことです? ぼくは『不倫』が何のことだかわからない」アランは息巻いた。「僕の辞書にはない言葉だから、使ったこともありませんよ。善悪の価値観を感じさせる響きがあるからね。『不倫』という言葉には、悪いイメージがある。不誠実だとか、?つきだとか」

 社会学者なら恋愛事件(ラブ・アフエア)と表現するべき事柄をどう呼ぶかという論争に、わたしはからずも参加することになった、というわだ。専門誌や学術書でこの事柄を取り上げるとき、社会科学者はできるだけ中立の立場をとろうとする。しかしジャミは、インタビューを受ける者は既婚者か異性愛者のどちらかだと決めつけているような物言い、もしくは、ラブ・アフェアが正式な結婚に比べて劣っているとほのめかす表現にすら不快感をあらわにする。彼は姓的な関係を表現している言葉というより、会計学の専門用語みたいな言い回しを提案した。「ぼくたちはそういう関係を、同時に発生する複数のパートナーシップと呼んでいます」

 学者たちはみな、気の利いた新語をひねり出すのが好きらしい。仮にわたしが浮気をしたら、夫には”性的なネットワークを広げていた”だけだといえばいい。この言い回しは、ナイジェリアで調査を行っている研究者が好む表現である。ちなみに愛人のことは steady girlfriends (ステディーなガールフレンド)、略してSGFと呼ぶ。一九八〇年代、アメリカの学者たちは”extramarital coitis (婚外性交)の頭文字をとった言葉EMCを広めようとしたがうまくいかなかった。医療行為みたいな響きがあったからだろう。学者たちはぜったいに”不倫”という言葉を使わない。「汝、犯すことなかれ」という声が天から聞こえきそうな言い回しだからだ。

 不倫やそれに類する言葉すべて、科学とは別の次元で語られる用語だ。パートナー以外と”セックス”したことがあるかとだけ質問して、どう感じるかは回答者にまかせる調査もある。

「この一年、決まったパートナーとだけセックスをしていましたか?」というような、なるべく害のない言い回しを使う場合もある。もうちょっと曖昧な表現を使った方がいいのに、と思う場合も少なくない。一九九〇年にアメリカで行われた無作為電話抽出法によるアンケート調査では、「この一二ヶ月、何人の人と性器性交もしくは肛門性交をしましたか」という聞き方をしていた。思わず赤面してしまう質問だ。

 やけに生々しい質問もある。一九九二年にアメリカで行われた調査では、セックスを「他者との合意にもとづく性器接触。もしくは性的興奮、高揚感(ようするに、性交やオーガズムに至らなくても大いに燃えること)をともなう行為」と定義している。情事の臨場感がいくぶんなりにも伝わってくる書き方だ。

 明らかにお遊び目的で行われ、質問者の先入観をあえて隠そうとしない質問もある。南アフリカの雑誌が行ったアンケート調査では、浮気をする男性と”酒を飲んだときに”浮気をする男性という二種類のカテゴリーを設けていた。フランスの調査会社は、”旅先での女性の不倫”について調査をした。その質問には、相手として望ましい男性のタイプとして三つの選択肢があった(断トツに人気があったのが、”ハンサムでも知性的でもないけど、超おもしろい男性”だった)。わたしは不倫しませんという選択肢もあったが、四番目のチェックボックスとして申し訳程度に付け足されているだけだった。

 中国で二〇〇〇年に行われた衛生家族生活調査では、「今日わたしたちの社会では、配偶者以外の人間と性交渉をする既婚者もいます(つまり第三者との婚外セックスのこと)。そのような行為は個人の自由と考えますか? それとも、罰せられるべきだと思いますか?」との質問があった。

 一九八〇年代にはいってようやく性に関する調査がはじまった中国のような国では、見知らぬ人間に面と向かって性生活を告白することに強い抵抗がある。一九九〇年代なかごろ、それまで一〇年間の調査をふりかえった中国の学者は、中国人の回答者はインタビューを慨して”悪い女”と見なしており、性行為についての質問をしたインタビューのことを、いやらしい想像を楽しんでいる性質(たち)の悪い人間と見なすとの結論を下した。その学者はさらに、性的な事柄を質問すると「たいていの女性は、吐き気をもようおす」としている。

 このような問題がある以上、不倫ランキングを作ろうとする私の目論見は幸先がいいとはいえなかった。それぞれの国の不倫調査を比較したくても、調べている内容が同じでなければ比較のしようがない。ある調査では、これまでの人生を振り返って、結婚しているあいだ、もしくは、同棲しているあいだに不倫をしたことがあるかと質問している。人の記憶はあてにならないとして、過去一二ヶ月に期間を限定している調査もある。問題を挿入だけに絞っている調査は、会社の駐車場でオーラルセックスや濃厚なペッティングをした数千人を、ことによると見逃してしまう。それだって、性交渉なのではないか?

 調査員は回答者に真実を語ってもらうために、できるかぎりのことをする。まったく同じ質問べつの角度から別の方法で何度もくりかえして尋ねて、それらの回答が一貫しているか確認するのである。このうえなくデリケートな質問事項をノートパソコンに入力して、画面上で回答させるという方法をとる研究者が好む表現もある。そうすれば、口頭で告白しなくてすむからだ。一九九〇年代のなかごろに行われた戸別訪問形式の調査では、調査官が回答者の伴侶に水をくださいと頼み、席をはずして伴侶が聞いていないときを狙って、すばやくセックスについての質問をしていた。

 二〇〇〇年に中国で行われた調査では戸別訪問形式はとらずに、奇妙にも密会をにおわせる場所を会場として選んだ。「原則として、わたしたちは回答者をあらかじめ用意しておいてホテルの一室に呼び、密室で回答者とおなじ性別のインタビュアーに引き合わせ、一対一で話をするようにセットした。インタビュアーは回答者から偽りのない答えを引き出すべく最大限の努力をした」一方アメリカでは、一九九〇年代シカゴ大学の研究グループが本格的な調査の前に実験を行ない、性別や人種に関係なく、アメリカ人にとって性の身の上話をもっと抵抗なく打ち明けられる相手は、中年の白人女性だという結果を得た。そこで、その条件に見合う女性たちを雇い、回答者が”卑俗な言葉”を使ったり、自分の性体験をことこまかに語ったりしてもたじろがないように訓練した。

 もちろん、回答者を正しい方法で選別しなければ、念には念を入れた調査が意味なくなる。これは統計学の鉄則だ。ある集団の一般的な傾向を引き出したければ、その集団内の誰であっても回答者として選ばれる確率が等しくある――というか、少なくとも選ばれる確率がとうぜんある――ようにしなければならない。確率抽出法と呼ばれるこの手法は、対象とする某集団の個々の名前がすべて載っているリストを入手して、インタビューを依頼する人間をランダムに選出する方法である。仮にパリのある通りに立って通行人にランダムにインタビューをしても、その結果はパリっ子すべてのある種の傾向を反映しているとは必ずしも言えない。その通りに頻?に出向く人々はほかの地域を行動範囲にしている人々よりもインタビューされる機会が多く、趣味や習慣が違っているのかもしれない。確率抽出によって選ばれた回答者は、パリの住人全員にインタビューが求められる確率が等しくあるという前提のもと選ばれているので、パリっ子の代表になりうるのである。

 インタビューを自ら受けたいと申し出てきた回答者による調査も、やはり正確なものとはいえない。そのいい例が、イギリスのコンドーム会社デュレックスが二〇〇五年に行ったグローバル・セックス調査だ。デュレックスはこの調査結果をもとに、わたしが願ってやまない不倫ランキングのようなものを作成した。発表された婚外セックスの順位は、上位トルコ(回答者の五八パーセントが浮気をしたことがあると答えた)から、僅かに七パーセントのイスラエルまで、じつに四一カ国にわたっている。

 デュレックスは三一万七〇〇〇人を対象に調査を行ったといっている。しかし、その回答者全員が自らウェブサイトをクリックして、質問事項に答えを書き込んだ人々だった。何度となくアンケートに参加した、熱心なトルコ人も少なからずいたかもしれない。この調査で信頼できる情報といえば、回答者の多くがティーンエージャーだということくらいかもしれない。なぜなら、ほかの質問事項で回答者の三分の一がよく両親の寝室に忍び込んでセックスをすると答えているからだ。

 情事に関する学術的な研究は、大規模な調査をするための資金を集められないという理由から、しばしば同じような問題に突き当たる。アメリカの高名な心理学者シャーリー・グラス(公共ラジオ放送局の司会者アイラ・グラスの母)は、一九九二年にひとが浮気する理由について調査したが、はじめはボルティモア・ワシントン国際空港で、さらには昼食時でひとがごったがえすボルティモアのオフィス街の公園で、郵送形式のアンケート表を白人に配るという手段をとった。その調査結果は、回答者たち全員のある種の傾向を示しているが、それをひろく一般的なものとして捉えることはできない(ちなみに、この調査で浮気をしていると答えた女性たちは、その理由を浮気相手と恋に落ちたからとしていたが、浮気をしている男性たちは「性的な刺激」を求めたことを理由にしていた。その後、浮気の理由をはっきりとさせた調査はひとつもない)。

”横恋慕”の全世界的な動向

 五六カ国の人々にインタビューをしたという国際性白書プロジェクトを知ったとき、わたしは狂喜した。そのプロジェクトが明らかにした”横恋慕”の全世界的な動向について、《サイコロジー・トゥデイ》誌が記事を載せている。しかし調査の責任者が認めているように、回答者のほとんどは彼らが選んだ大学の学生だった。しかも回答者が少なすぎる国も多く、調査員たちはアフリカ諸国と南アメリカ諸国をそれぞれひとまとめのグループにしなければならなかった。

 不倫研究の重要性を証明した学者は、しばしば「結婚解消の原因――比較文化研究」という論文を引き合いに出す。その論文のなかで、著書である文化人類学者ローラ・ベッツィグは、一八五の文化において不倫が離婚の主な原因になると発表している。わたしもその論文をなんとか手に入れて目を通してみたが、産業化された国の人々の行動を語るさいの拠り所となるとは思えなかった。ベッッィグが語っているのは、北アメリカのベラクーラ族、ユロック族、ポモ族などの主としてネイティヴ・アメリカンの文化で、一九世紀にさかのぼる伝承をもとに学説を展開しているのだ。

 統計データさがしは簡単にはいかなかったが、アメリカのデータがすでにわかっていることは唯一の慰めだった。アメリカでは男性の半分、女性の四分の一がパートナーを裏切っている。調査を始めた当初はこの数字がどこから来ているのかわからなかったが、ゴスペルを歌うようにあちこちで取り上げられるのを耳にした。

 婚外セックスの科学的データを調べ始めると、このデータに何度となく出くわすようになる。その出所は、インディアナ大学の動物学者で、のちに性科学者となってアルフレッド・キンゼーだ。彼はアメリカ人の性行動にかんする有名な研究報告を一九四八年と一九五三年に発表問題はした。キンゼーの報告書に実際に書かれている結果は、四〇歳までに男性の五〇パーセント、女性の二六パーセントが婚外セックスを経験している、とされているのである。

 キンゼーが以上のようなデータを発表したとき、アメリカ人は衝撃を受けた。火遊びをしている国民がこれほど多いとはなかなか想像できなかったが、その手の統計データが発表されたのは初めてのことで、比較の対象となるものがなかった。人々はアメリカの集団幻想にしがみつき、不倫は国家にとって脅威だという考えをいっそう強めた。本書を執筆するにあたって調査をしているさいにわたし自身も気づいたことだが、不倫問題の専門家はいまだにこの報告データを引き合いに出す。

 だから、キンゼーの報告結果はきわめて疑わしいものだということを知ったときは驚いた。一九三〇年代、確率抽出法は統計調査の基本となりつつあったが、セックス調査はまったく未知の分野だったため、確率抽出法に従って無作為に選んだアメリカ人たちが自分の性生活についてここよく語りはしないだろう、とキンゼーは考えた。というわけで、彼は研究チームとともに全米各地をまわり、個々の事例を集めたいので調査に協力してくれないかと人々を説いた。

 キンゼーの報告データのほとんどは、約一万八〇〇〇人の若い白人の男女から集めたものである。キンゼーはこの”回答者の偏り”を相殺するべく、調査のためにおもむいた場所で出会ったひと全員に面接を行っていた。それでも、その場所は彼の主観で選んでいたのである。キンゼーの調査に回答した人々がアメリカ人の代表、というかごく普通の人だと考えるのは無理がある。
アメリカ統計協会の調査委員会のメンバーは、「わたしだった一万八〇〇〇の事例を集めずに、確率抽出法で選んだ四〇〇人の標本で調査をしますね」と、一九五〇年代初頭にキンゼーに語った。

 それから数十年、やはりあてにならない調査が行われ、キンゼーのデータをより確かなものにしたり、さらに高い不倫確率を”発見”したりした。さまざまな雑誌が読者にアンケートをして、とんでもないデータを発表した(《コスモポリタン》誌は、三五歳以上の既婚女性の六九パーセントが浮気をしたことがあると書きたてた)。一九七〇年代、自称性科学者のシアー・ハイトが、政治団体に所属する女性たちに調査用紙を送り、女性誌に調査依頼の広告を載せた。

 その方法で得た結果は扇情的でマスコミをにぎわせたが、信じるに足りるものかどうかは疑問だ。ハイトは七二パーセントの男性に浮気経験があると結論づけ、そのあとの調査で、五年以上結婚している女性の七〇パーセントは浮気経験があると発表した。

 とはいえ不倫について語るときは、だれもが以上のような調査結果をよりどこにするしかなかった。一九八四年エイズを発症させるウィルスを突き止めた科学者たちは、不倫やアナルセックスなどの危険な行為をかいしてそのウィルスが広まっていく可能性を測定するために、キンゼーの調査データを使わざるを得なかった、とジュリア・エリクセンが著書『キス・アンド・テル』のなかで述べている。

 研究者たちは新しいデータを欲しがっていたが、アメリカ政府の役人はソビエト連邦政府の役人がそうだったように、セックスを公の話題にすることにためらいを感じていたようだ。一九八七年にアメリカ政府のある研究機関がセックスに関する国民調査を発案したが、そのプロジェクトには生殖行為の社会的および行動的様相という、遠回しなネーミングがつけられていた。その要請書にセックスという言葉はいっさい使われていなかったのである。シカゴ大学の世論調査センターの研究グループが、晴れてその仕事を請け負うことになった。しかし、保守的な共和党の議員たちは、いったん調査資金の援助に同意せざるを得なかったものの、じきに阻止に乗り出した。

ノースカロライナのジェシー・ヘルムズをはじめとする上院議員は、この調査はゲイを合法化すると表明し、マスターベーションにかんする質問を除外するように調査員に迫り、パートナーに忠誠を誓っていると断言する人々は調査の対象外にすべきだと主張した。そのような要請を受け入れてもなお、不服とする声は消えなかった。一九九二年、調査資金の援助は取り下げられた。

不倫ランキングを作成するのは無理かもしれないと思うようになったころ、わたしはフィンランドの話を耳にした。性科学の世界において、フィンランドはセックスにかんする研究がヨーロッパでもっとも進んでいることで知られている。一九六七年に世界ではじめて確率抽出法による全国的なセックス調査を行っているのはスウェーデン人だったが、フィンランド人は一九七〇年にそれならい、以来、国民の射精、勃起不全、婚外交渉についての実態を調査しているのである。

フィンランド人はこの分野における革新者だ。一九七〇の調査では、制服姿の看護婦による戸別訪問アンケートを実践し、九一パーセントの回答率を得た。「わざわざ家までやってきた看護婦を門前払いするのは、そう簡単じゃないですから」と、一九九二年と九九年に全国調査を監督したオスモ・コントゥラは語っている。

 わたしが調査対象としているセックスは、フィンランドでさかんに行われている。一九九九年の調査では、男性の四一パーセントと女性の三分の一がこれまで”同時進行の関係”をもったことがあると答えているが、一九九二年の調査では男性五二パーセント、女性二九パーセントだった。世界的規模での不倫の実態をいまだつかみきれないでいる私だが、それにしてもあまりにも多いように思う。

フィンランド人はセックスに関しての相反する感情を持っていない、とコントゥラスはいう。セックスをポジティブに捉えているのだ。スカンジナヴィア半島の近隣諸国とは違って、フィンランドのメディアはセックスの危険な側面、性感染症だとか望まぬ妊娠などを大々的に取り上げないのです、とコントゥラ。フィンランド人はまた頻?に旅行をして、情事のチャンスをつくる。コントゥラと彼の同僚が人々から聞き出した性遍歴には圧倒される。彼らが紹介しているフィンランド人の多くは、アメリカ人とは異なり、つきあいが長くなれば必然的にセックスがおざなりになっていくとは思っていない。時が経つにつれより充実していく、と考えている人が多いのだ。

現在、ヘルシンキの人口調査研究所に勤務しているコントゥラは、以下のように語っている。「もちろんだれもパートナーに忠誠を誓おうとしています。しかし、チャンスがあって、だれにもばれないだろうということになれば、そう簡単に誘惑に打ち勝てません。そういう経験はそれ自体よいことだし、ためにもなるとみなされていますから」

三人の子どもがいる既婚の警察官の体験談では、仕事仲間と夜の街へ繰り出しときのことが述べられている。「みんなサウナにいってくつろいだあと、地元のナイトクラブに行ったんだ。音楽ががんがんかかっていて、酒がふんだんにあったよ‥‥。気がつくと、どう見ても年上の女性がそばに座っていてね。看護婦だっていっていたな。離婚したばかりだってこともじきに分かった。おれは彼女にダンスを申し込んで、しつこく体を密着させた。きれいな女じゃなかった。
俺の奥さんの方がよっぽどきれいでね。でも、どこかそそられるところがあったから、きみの家でコーヒーをごちそうしてくれないかなって迫ったんだよ‥‥」

寒い地域には、なんか特殊な事情があるに違いない。わたしはまた、ヘルシンキから汽車で五時間の距離にあるサンクトペテルブルクで一九九六年に行われた調査データをなんとか入手していた。サンクトペテルブルクがロシア全土を代表しているわけではないが、その調査結果はロシア全国の統計があったらさぞかしすごい数値になっていただろう思わせるものだ。いまの伴侶と結婚してから現在まで、男性の五五パーセント、女性の二六パーセントが”よそで性関係”をもった、と答えている。

アメリカ人も遅ればせながらようやく腰を上げ、正規の全国調査を行なうようになった。一九八八年。全米世論調査センターの科学者たちが、この一年間に性交渉の相手を何人もったかという質問を総合会社調査に加えた。総合社会調査とは、一九七二年から一、二年おきに行われているアメリカ人の生活に関する大規模な調査である。そしてついに一九九一年から、調査官たちは婚外セックスの有無を質問するようになった。

その結果は、キンゼーやそれにもとづく調査で発表されたものほどセンセーショナルではなかった。一九九一年、結婚相手以外と性交渉をしたことがあると答えたアメリカ人は、男性はわずか二一パーセントだった。そのあと行われたいくつかの調査では、いずれもその数値を上回っていたが、キンゼーのデータに近づくことはなかった。二〇〇四年の調査で、少なくとも一回は浮気をしていると告白したのは男性二一パーセント、女性一二パーセント(男女あわせて、成人のわずか一六パーセント)だった。四〇年の結婚生活でたった一度だけ浮気をしたことがあるという人も、個々に含まれている可能性がある。

この一二ヶ月間セックスの相手が複数いたかという既婚者に対する質問には、結婚していない時期も含まれていること場合もあるのだろう。でも、不倫の有無を聞くときは「これまでの人生」とするよりも、期間を限定した方がいいと私は思う。時間がたてば記憶も薄れるし、結婚を何度もする人もいる。二〇年前の戯れは忘れた方がいい、と考えるのはごく普通だ。ここ一年間に付き合った愛人なら、そう簡単には忘れない。

期間を限定一二ヶ月に限定すると、アメリカ人はことのほか身持ちが固いようだ。一九九一年、この一年の間にパートナー以外の人間とセックスをしたと答えた既婚者は、男性わずか五・四パーセント、女性は三・四パーセントだった。二〇〇四年には、男性四パーセント、女性三パーセントという結果が出た。アメリカ人は何食わぬ顔で秘め事をする、性に奔放な国民ではないということが明らかになってきた。実際、大体において、わたしたちは見た目どおり、律儀なまでに一夫一妻制を守っているのである。

以上のような調査結果が、アメリカ人全体の行動を正確に反映しているかどうか確かめる手立てはない。しかし調査官たちは、総合社会調査で得られた不倫のデータが、資金を私的に調達したシカゴ大学の研究チームが一九九四年に発表した全国規模のセックス調査、国民健康社会生活調査で得られた結果とほぼ一致していると主張している。

ほかの社会科学者たちは、総合社会調査の生のデータをさっそく分析しはじめた。いつ、どういう人間が浮気するのかについて、実際のデータにもとづく分析がなされたのは初めてだった。ある研究グループは、浮気をする確率が最も高い年代は、女性では二〇代、男性では三〇代という結果を出した。中年期を境に、男女の差は開いてくる。五〇歳になるころには、ここ一年以内に浮気した女性の比率はほぼゼロになるまで下がっていった。

この一年の間に浮気をしたと答えた男性の比率は、四〇代から五〇代にかけてはほぼ横ばいの三パーセント強だが、六〇代になると下がっていった。とはいえ、男性も歳をとるとそのまま落ち着いていくのだと思いきや、彼らはふたたび勢いを取り戻すのである。七〇代の既婚男性のおよそ三パーセントが、この一年間に複数の相手と性交渉を持ったと答えていた。男性は歳を重ねると恋愛のチャンスが増えるという定説をそのまま反映しているようだ――六五歳を過ぎた人口比は女性四人に対して男性三人で、その男女の人口比の不均衡は年齢が上になるほど広がっていくのである。

精力絶倫の高齢者は人種に関係なくいるが、そんな彼らもアフリカ系アメリカ人にはさすがにかなわない

一九八八年から二〇〇四年のあいだ、この一年間複数の相手と性交渉を持ったと答えた既婚者は、黒人は七・四パーセント、白人は三・一パーセントだった。一九九四年の調査では、黒人男性のなかでこの一年間に婚外交渉をしたと答えた者は一二パーセントで、白人男性は三パーセントだった。女性はどうかというと、黒人女性は七パーセント、白人女性は一パーセント強だった。

不倫がどのくらいの頻度で離婚の原因になるかを明らかにした。信用に足りるデータはない。しかし、当然のことだが、不倫と離婚は分かちがたく結びついている。一九九一年から二〇〇四年のあいだに行われた総合社会調査では、既婚者の一・五パーセント、未亡人とやもめ一一パーセントが浮気をしたことがあると答えた。しかし離婚経験者の場合は三一パーセント、再婚者の二二パーセントが以前パートナーを裏切ったことがあると答えた。群を抜いて奔放だったのは”別居中”と申告した人々で、婚外交渉をしたことがあると答えたのは実に四〇パーセントだった。

地域差もまた見逃せない。総合社会調査によると、一九八八年から二〇〇四年のあいだ、アメリカの一二の大都市の住民は他の地域の人々にくらべて浮気をしていた。一年以内に浮気をした者は大都市の住民で約六パーセントであるの対し、郊外では三パーセント、田舎では二・六パーセントだった。

しかし、都市部のエリートたちだけがもっぱら浮気をしているわけではない。最新のデータによると、生活のレベルが低ければ低いほど不倫の場合は高くなるという結果が出た。収入が一万ドル以下の人々は、六万ドル以上の人々に比べて、一年以内に浮気率が二倍以上だった。同様に、高校を卒業していない人々は、この一二ヶ月内に浮気をしている率がもっとも高く(五・二パーセント)、次いで最終学歴が高校のひと(三・四パーセント)、最終学歴が短期大学(三・六パーセント)となっていた。大学卒業者(二・五パーセント)と大学院卒業者(三パーセント)はパートナーにもっとも忠実だった。しかし、浮気がつづく期間はどれもおなじくらいで、学歴には関係なかった。

統計結果でもっとも注目されるのは、女性のデータである。どこの国でも、浮気をしている奥さんは雑誌記者の好奇心をそそる。「昨今の女性は以前より浮気をしている」という内容の特集記事をわたしは日本、ロシア、ブラジル、フランスで目にしたが、ほかの国でもその手の特集はおそらく組まれているようだ。アメリカでは、二〇〇四年七月一二日刊の《ニューズウィーク》のカバーストーリーとして、「妻たちの秘め事」という刺激的なタイトルで紹介された。その記事は、かつては夫たちが独占していた領域に妻たちが進出しようとしているとして、そのことをおおむね好意的にとらえている。《ニューズウィーク》は、結婚後も働いている現代女性の好みのタイプの男性に出逢う機会が増えてきており、結婚が破綻しても自活していくだけの収入を得ているため、危険を覚悟で情事に踏み切ることが多くなっている、と解説している。そして、かつては男性の専売特許だった浮気を楽しむ女性たちの体験談を紹介している(お相手はスポーツクラブのパーソナル・トレーナーをはじめとする、サービス業の男性が多い)。さらには、最新のセックス調査の統計データを載せて、一九九一年から二〇〇一年のあいだに、パートナーを裏切ったことがあると答えた女性は一〇パーセントから一五パーセントに跳ね上がった、としている。おなじ時期の浮気率は約二一パーセントから二二パーセントに僅かに上昇しただけだった。実際、男性の浮気率は、一九九六年からほとんど変わっていない。

とはいえ、アメリカのデータをより注意深く見ていくと、女性の浮気に関するこの”トレンド”も眉唾ものに思われてくる。一九九一年から九六年のあいだに行われた全国調査は四つあるが、「不倫の実態――全国民の無作為抽出による比較検討」という学術論文によると、現在進行形で浮気をしている四五歳以下の男女の割合は同じだった。一九九二年の全国調査では、一八歳から二九歳の女性は同年代の男性よりも情事の回数が多いと報告された。

《ニューズウィーク》の記事が出た後、二〇〇四年の不倫のデータが発表された。それによると、二〇〇四年にこれまで浮気をしたことがあると答えた女性は一一・七パーセンで、一九九三年(一二・八パーセント)とほぼ同じの三・一パーセントだった。となると、不倫をする女性が一九九〇年の初頭、もしくはそれ以前と比べて急激に増えたという証拠はどこにもない、ということになる。「数値は年によって大きく変動するので、ずっと増加傾向にあるとは必ずしもいえない」と総合社会調査の責任者トム・W・スミスは語っている。

女性たちが以前よりも浮気をするようになったことを示す状況証拠すら十分にない。女性の行動に劇的な変化があったとすれば、女性の意識にも浮気を正当化するために大きな変化があったはずである。ところが、女性は一夫一妻制の約束を脱ぎ捨てたとされている一九九一年から二〇〇一年のあいだ、アメリカ人は性別に関係なく不倫に対してかつて以上に厳しい目を向けるようになっていたのである。

働く女性には浮気するチャンスが多い

と《ニューズウィーク》は主張しているが、果たして信憑性のあるセックス統計が登場したのは一九八八年だから、いまのアメリカ人女性が七〇年代に比べて性に奔放になっているのかどうか知る手立てはない。次の章で紹介するが、現在七〇代の女性のなかには、六〇年代と七〇年代が不倫の黄金期だったと振り返る人々がいる。若い世代の人は信じられないくらいに男女関係に真面目だ、と彼女たちは語る。そういった女性たちは毎日出勤する必要がなかったから、浮気する時間がじゅうぶんにあった。アメリカで行われた一九九一年の調査ですら、浮気が起こる可能性が高いのは夫婦のどちらか一方が仕事に出てもう一方が家に残っている家庭である、という結果が出ているのである。

不倫の統計データさがしは、花火を追いかけるのにいくぶん似ている。これは使えそうだと思う資料があって、掲載されている数値は必ずしも信頼できるものではない。でも、参考資料のリストには使えそうな資料が四つか五つ載っている。だから、それをダウンロード料金を払って入手したり、ニューヨーク市立図書館に勤務する友人デイヴィッドにお願いして、メールで送ってもらったり、私が住むパリに郵送してもらったりする。そうやって集めた資料にもまともなデータがないが、やはりどれにも使えそうな参考資料は載っているから、資料探しの旅がまた始まる。

そんな繰り返しが数ヶ月ほどつづいたある日、デイヴィッドからまたあらたに書類が届いた。それは「開発途上国の性行動――HIV予防の成果」というタイトルの一九九五年の論文だった。二ページ目に、一八カ国の男女を対象にして調査した、この一二ヶ月に関係した。”ゆきずり”のセックスパートナーの統計数値が載っている。対象となっているのはほとんどがアフリカ諸国だが、香港、タイ、スリランカ、リオデジャネイロ市も含まれている。すべて確率抽出法によって調査されている。どの地域でも似たような質問をしているので、データを比較しやすい。

回答者には独身者も含まれているので、そのグラフは不倫のランキング表ではない。しかし、海外にも私が求めているのとはほぼ同類の数値を明らかにしようとしている科学者がいることがわかった。これを使えば、世界各国の不倫ランキングに、三カ国以上の国を取り上げられるかもしれない。わたしは興奮のあまり、パニックを起こしかけた。この論文をなくして、タイトルを思い出せなかったらどうしよう? 窓から雨が吹き込んできて、論文を濡らしてしまったらどうしよう?

さっそく著書のひとり、有名なロンドン大学衛生熱帯医学大学院のお偉方にメールを送る。結婚もしくは同棲している人々に関する統計データはないでしょうか? 返ってきたメールには、最新のデータをもとに論文を書いている同僚マーティーンに連絡をとってみればよいと書いてある。新しいデータですって? 息をつく暇もなくマーティーンにメールを送る。いまは論文を書くのにすごく忙しいが、数週間後にまた連絡をくれればデータを教えてあげられるかもしれない、とのことだった。
約束の日にメールを送るときに、なるべく気さくな文章になるようにした。

こんにちは、マーティーン。
論文の執筆、はかどっていることと存じます――膨大な時間を費やしているはずですよね。ほんとうに大変だと思います。以前お願いした件について、後日また連絡すれば教えていただけるかもしれないとのことでしたので、メールをいたしました。この一年間にパートナー以外の人間と関係を持った既婚者の割合についてなんですが‥‥。

マーティーンは同僚のエマにきいてみてくれと、わたしにいう。そのとおりにすると、翌日、エマから返信がくる。

こんにちは、パメラ。
その調査ならしたことがあります――ほかにも色んな調査をしましたけどね! スプレッドシートを添付します。現在結婚もしくは同棲している男女が、この一年間にパートナー以外の人間と性交渉を持った割合がパーセンテージで記してあります‥‥。

添付ファイルを開いたとき、大げさじゃなく天使の歌声が聞こえてきた。不倫をしている男女の比率について、アルメニアからジンバブエまで三六カ国のデータが手に入ったのだ。これにわたしがあちこちで入手した僅かなデータを加えれば、浮気の世界ランキングができあがるはず。とはいえ、これは包括的なものではない。日本、インド、アジアと中東の国はほとんど含まれていないのだから。さらに、送ってもらったデータをすべてそのまま比較するとことはできない。エマの忠告によると、一夫多妻制度が認められているために高い数値を示している国もあるし、調査の後半では、インタビュアーが質問を何度も繰り返して回答者をせかした可能性もある、とのことだ。しかし、セックス調査には障害がつきものだと思えば、悪いスタートではない。

エマが送ってくれたデータは、貧しい国での不倫率は驚くほど高いことを明らかにしている。ナイジェリアでは、同棲もしくは結婚している男性の一五パーセントが、この一二ヶ月のあいだにパートナー以外と性交渉を持ったと答えている。ハイチでは男性の二五パーセント。コートジボワールとカメルーンではともに男性の三六パーセント。トーゴ(西アフリカにある、ウェストバージニア州とほぼ同じ大きさの国)は首位の三七パーセントだ。

ラテン系の男性はその評判どおりの結果となっている。過去一二ヶ月に複数のパートナーがいたのは、ボリヴィア人男性で八・六パーセント、ブラジル人男性で一二パーセント、ペルー人男性で一三・五パーセントである。二〇〇一年に行われた別の調査では、メキシコシティの男性の一五パーセンが過去一二ヶ月に複数のパートナーをもった、という結果が出ている。ここで取り上げられている男性の浮気比率は、あくまでも一年間に限ったものだ。一生のうちにどのくらいの頻度で浮気をするのかは、想像する以外にない。この一年間に浮気をしたモザンビークの二九パーセントの男性たちのうち、一生浮気を続ける人は何人いるのだろう? ひょっとして、全員?

反対に浮気の比率が低いのはオーストラリア人、アメリカ人、ヨーロッパ諸国の人々である。驚いたことに、アメリカ人はそれらの国のちょうど真ん中にいる。イタリア人(一年の間に浮気した男性は三・五パーセント)はアメリカ人(四パーセント)ほど浮気をしていない。スイスの男性は(三パーセント)とオーストラリアの男性(二・五パーセント)は、ともに最下位に近い。

女性はまったく別の結果が出ている。このリストによると、貧しい国の男性たちがガールフレンドや愛人と外で遊んでいるあいだ、彼らのパートナーはじっと家に清く正しい生活を送っている。世界じゅうのどこにおいても、不倫の最大の”危険因子”は男であるということだけなのだ。とはいえ、このような男女差は貧しい国ほど大きくなっている。ブルキナファソとドミニカ共和国で男性のほぼ二〇パーセントがパートナーを欺いていた年に、浮気したと答えた女性はどちらの国も一パーセント以下だった。この一年間に複数の相手と性交渉を持ったと答えた女性が二パーセント以上いる国は。ほんのわずかである。ネパールとフィリピンの女性たちは、奇跡的といってもいいくらいにパートナーへの忠誠を守っているらしい。このふたつの国では、この一年で二人あるいはそれ以上と性交渉をした女性は〇パーセントだった。

反対に、経済的に豊かな国の女性は貧しい国の女性よりも浮気をする傾向がある。といってもそう大きな開きがあるわけではない。

男女の差はあまりにも開いていることに、性行動を調査するどこの国の人間も頭を悩ます。女性の不倫の比率はどうして男性のそれよりも低いのだろうか? 既婚男性は独身女性としか浮気をしないのか? もしくは、外国女性しか相手にしないのか? それとも、一九九〇年代に調査を行った研究者がいたように、既婚男性のみを一手に引き受けて精力的にサービスをする伝説の女性集団――おそらくは娼婦か、ただのフリーランスの愛人なのだろうが――存在するのだろうか?

ほかに考えられる要因として、科学者がいうところの”自己呈示バイアス”に回答者がとらわれている、というのがある。要するに、嘘をついているのだ。男らしさや女らしさにこだわって、男性は女性を何人落としたか自慢し、女性は男性関係を控えめに報告する。無記名の調査であっても回答者は正直な答えというより”正しい”答えを選ぼうとする、という現象は多くの調査で指摘されている。

あるいは、全員が嘘をついているわけではないが、ごく少数の回答者が大げさな作り話をしていることも考えられる。イギリスのある研究者の調べによると、これまで二〇人以上とセックスをしたことがあると申告した男性を排除すると、性交渉の相手の数は男性も女性もほぼ同じになることがある。信憑性のあるデータを得るためにはそのような異常値を取り除く必要があると、その学者は言っている。

不倫と気候は相関関係にあるという説は確かに正しい

一般的にいって、暖かい地方の人々は性に大らかだ(スカンジナヴィア半島とサンクトペテルブルクは例外)。しかし、おおざっぱにとらえると、不倫の統計データは世界をふたつにわけている。ひとつは男女ともにあまり浮気をしない経済的に豊かな国。もう一つは、浮気をする男性のパーセンテージが二桁になる貧しい国である。経済状況は不倫の日付変更線なのだ。線を隔てた一方の側では浮気が行われる。もう一方の側では行われない。

例外もなくはない。人口のほぼ半分がイスラム教徒で、国民ひとりあたりの年収が八二〇〇ドルのカザフスタンは、私が調べたなかでパートナーへの忠誠をもっとも守っていた。平均月収一四〇〇ドルのネパールも、カザフスタンとそれほど大差はない。ルワンダ、フィリピン、バングラデシュの男性たちも忠誠をかなり守っているようだ。その一方で、ノルウェーの男性の浮気の比率は、それほど高い数字ではないが二桁の大台に乗っている。

お金持ちであっても貧しい国に住んでいれば、その国の貧困層の人々と同じくらいに、もしくはそれ以上に浮気をする。というのが私の見解だ。ブラジルで調査を行った研究者は、収入の要因をのぞくと男性の浮気の頻度は北と南のどちらに住んでいるかによって左右される、という結果を得た。つまり、国や地域あるいは地区といったごく狭い場所にも、それぞれ固有の性文化があり、人々が一夫一妻制を守るかどうかはその性文化によって決まるのだといえる。

アメリカ人はほかの大部分の国の人々よりも、浮気を悪いものと見なしている。しかし実際の行動となると、産業化されているほかの国の人々と同じくらいの割合で浮気をしている(あくまでも平均値は同じくらい、とも言い換えられる)とはいえ、アメリカ人はやはり性に奔放な国民と考えるのは早計で、統計結果をとりあえず信頼するならば、婚外セックスは滅多に行われていない。これまで情事を経験したことがあると答えたアメリカの成人は、わずか一六パーセント。期間を一年以内に限ると、不倫をしているのは僅か三・五パーセント。さらには、調査をはじめた一九九八年から今日にいたるまで、この比率はおおよそ変化していない。アメリカでは不倫は流行っていないのである。それは国民のごく一握りが定期的にしている行為なのだ。

だとしたら、そのごく少数の人々のあいだで頻繁に不倫が行われているのはどうしてなのだろう? アメリカにはほかの国と同じように性の文化がひとつ以上あるから、というのがその答えだ。アメリカの性の文化がたくさんある。パートナーを裏切るかどうかを決断するときに、人々が頼るのは国営放送の番組と大統領だけではない。家族や近所の人々や友人のなかにも答えを求のであ。

諸国不倫事情

 特別に断りのない場合は、この表「結婚もしくは同棲している人々」のなかで1年以内に複数の性交渉の相手を持った人のパーセンテージを示している。調査対象の年齢はさまざまだが、とくに断りのない場合は大体15〜49歳である。このチャートは包括的なものではなく、決定的なものではない。示された数値を単純に比較検討することはできない。データのなかには、一夫多妻制が許されている国のものもある。

  国         男性    女性
トーゴ(1998)      37・0    0・5
カメルーン(2004)    35・5    4・4
コートジボワール(1998) 36・1    1・9
モザンビーク(2003)   28・9    3・1
タンザニア(2005)    27・6    2・6
ニジェール(1998)    25・4    0・8
ハイチ(2000)      23・4    0・6
ベナン(2001)      22・6    1・5
ザンビア(2002)     22・3    1・2
ウガンダ(2001)     20・1    0・5
ブルキナファソ(2003)  19・9    0・7
チャド(2004)      18・3    0・8
中国都市部(2000)    18     0・8
ドミニカ共和国(2002)   15・2    0・6
ナイジェリア(2003)    15      na
メキシコシティ(2001)   13・8    0・7
ジンバブエ(1999)     13・5    0・1
ペルー(1996)       13・0    1・2
ナミビア(2000)      13・0    0・4
ブラジル(1996)      12・0    0・8
ケニア(2003)       11・5    1・6
ノルウェー(1997)     10・8    6・6
中国(2000)*        10・5    na
ボリビア(2003)       8・6    0・4
イギリス(2000)**      7・3    3・5
エチオア(2000)       6・9    1・0
アルメニア(2000)      4・7    0・1
フィリピン         4・5    0・0
アメリカ(2004)***      3・9    3・1
フランス(2004)****     3・8    2・0
イタリア(1998)       3・5    0・9
ルワンダ(2000)       3・2    0・1
ネパール(2001)       3・0    0
スイス(1997)        3・0    1・1
オーストリア(2002)     2・5    1・8
カザフスタン(1999)     1・6    0・9
バングラデシュ(2004)    1・6    na
*20〜64歳の既婚者のみ
**16〜44歳の既婚者のみ
***18歳以上の既婚者のみ
****18〜54歳の既婚者のみ

  アメリカにおける婚外交渉
 18歳以上のアメリカ人の既婚者で、12カ月以内に複数の性交相手をもったひとのパーセンテージ。
      男性   女性   総合
1988    5・0   2・8   3・9
1989    5・8   1・7   3・6
 90    5・3   2・3   3・8
  91    5・4    3・4   4・4
  93    4・1    1・9   2・9
  94    3・6    1・3   2・4
  96    5・2    2・5   3・8
  98    4・9    2・5   3・6
2000     5・6    2・3   3・8
  02    4・3    1・9   3・0
  04    3・9    3・1   3・5
 出典 General Social Survey


つづく 第3章 性文化